曖昧な感覚とイメージ
時々カメラを持ちだしては撮影を行っています。その時に感じている、言葉で説明できない感覚やイメージが存在します。その感覚やイメージとは、とても曖昧なものです。撮影を継続していると、作品となるかは分かりませんが、気になるイメージが時々撮れることがあります。客観的に見れば、個人的な思いつきや実験的なイメージといえるかもしれません。
私の撮影では、撮影するたびに気に入るものが撮れるわけではありません。撮れるまで諦めずに撮り続ける必要がありますが、それでも撮れた時は嬉しく、自分にとっては大切な作業のひとつです。
生活の中で、ふいにピンとくるものに出会う瞬間もあります。綺麗な光と影のときもあれば、街の中の何かのときもある。普段は見過ごしている物の中に、突然、魅力を感じるものが現れます。日常の行動範囲はそんなに広くありません。近所や散歩道、自宅から最寄り駅までの道。毎日のように当たり前に見ていて、通り過ぎていた物の中に、これを撮影したいと感じることがあります。なぜそれに惹かれるのか、うまく説明できないことがほとんどです。極めて直感的で感覚的です。
分からないまま、シャッターを切っている。写真を気に入っていても、気に入らなくても、後から見返して、やっぱりよく分からない、ということもよくあります。それでもその写真は捨てられない。何かがそこに引っかかっている。その引っかかりや、惹かれた理由が何なのかは、自分でも掴めないままですが、時々写真を見返しては、その理由を探ろうとすることがあります。
それでも、答えは出ません。だからこそ撮影という行為が魅力的で、やめられないのかもしれません。そして、分からないからこそ、撮り続けられるのだと思います。もし全部分かってしまったら、いずれ興味を失って、写真をやめる日がくる気がしています。