形にならないものとの距離
今日は2026年6月30日。今年も半分があっという間に過ぎました。ようやく春が訪れて暖かくなったと思ったら、もう7月が目の前です。気づけば一年の折り返し地点に立っています。必ず何かに追われている日々の連続ですが、不思議なことに、振り返ってみると何に追われていたのか、うまく思い出せないことがあります。今年は色々挑戦したいことがあり、写真撮影が止まっています。
頭の中のことを考えてみると、1日の中で、様々な作業が差し込まれ、意識は細かく分断されて作業をこなしていきます。長時間パソコンに向き合う日は、パソコンのモニターを見ている感覚と、現実の風景を見る感覚のあいだに、わずかなずれが生まれ、違和感を感じます。その感覚がそのまま日々の輪郭や過ごした実感になっていきます。少し不快な感じもあります。
AIの登場で今年はパソコンに向かう時間が増えています。AIとどう向き合っていけばいいのか?模索している段階ですが、そろそろ、AIの現状を少しづつ把握でき始めたので、7月からはパソコンの前の時間を減らして、外に行く時間を増やすタイミングかもしれません。
制作した物、撮影した写真のことを考える時間は、いつも少しだけ遅れてやってきます。先に手を動かして何か作ったり、写真を撮影します。あとから時間を設け、思考の断片を拾い上げるようにして、ようやく「何を考えていたのか、感じていたのか」を把握していきます。把握するまでは、それなりに時間がかかってしまいます。
撮影する時はかなり曖昧な感覚です。時間をおいて写真を見返すと、やはり、その時感じていた感覚や、思考がそのまま写っている気がします。自分が存在している事実と思考が重なって記録される。被写体や風景を記録しているようでいて、実際には自分の生きた痕跡が記録されているのかもしれません。
今年の前半は「形にならないもの」との距離を測り続けていたように思います。種のような、軸になるような、新しい可能性を模索しているような気分です。残り半年で育っていくことを期待して、明日からも引き続き作業を進めていきます。