境界線を引く
好きな事と嫌いな事の境界線を引く。個人的な感覚で、複雑な物事を分けようとした話です。
大人になるにつれて、私たちはいつの間にか、様々な知識や経験に基づいたフィルターを通して世界を見るようになります。理想と現実のバランスをとりながら、常識、モラル、価値観、アイデンティティといった複雑なフィルターを通過させています。しかも、自分ではコントロールできない外的要因からも影響を受けてしまいます。それによって、さらに複雑な感覚を覚えることがあります。
社会に出て暫くたつと、様々な状況に対応できる力が身につくと同時に、物事を少し穿って見る視点も、否応なく身についてきます。それらは確かに、社会で生きていくためには必要な事なのかもしれません。でも、いつの間にか、無自覚にそれらが自分自身を縛り付け始めます。
折り合いをつけて、それでいいと現実を受け入れていたつもりでした。でも、何か違和感を感じるようになっていきました。何か変だ、と。
もちろん、経験に基づいた理想や正しさを判断基準にして物事を決めたり選択したりすることは、決して間違いではありません。それは分かっています。
でも、最近はもっと別の感覚で物事を見るようにしています。もっとシンプルでいい、という感覚。それが冒頭で触れた「好きな事」と「嫌いな事」です。ただそれだけに分類して、物事をもう一度見直してみます。
拍子抜けするほど単純ですが、こういう一番最初にあったはずの重要な感覚を、忘れていた気がします。最近は、何かを決めるとき、できるだけ最初の感覚に立ち返るようにしています。「好きか、嫌いか」境界線をひいてみるのです。
世の中が複雑だから仕方ないと理解したつもりでしたが、いろいろな理由を積み重ねて、物事をややこしくしているのは、案外、自分自身なのかもしれません。本当は、もっと単純な感覚でいいのかもしれません。もちろん、それだけでは決められないこともありますが、この境界線は悪くない気がしています。