YOSUKE SUGAWARA
Visible, and Invisible
Even the past isn't visible — not yet.
Posted on July 5, 2026 / Journal
見えているものと、見えていないもの
見えているものと、見えていないもの
見えているものと、見えていないもの

見えているものと、見えていないもの

現在と過去は見えていて、未来は見えていない。当たり前ですが未来の事を考えても、想像上の事で未来のことは見えません。

でも過去のことも実は意外と見えていないのです。時間を置いて過去を分析するから見えてくる事がある。どんなに冷静に過ごしていたのだとしても、気づいていないことがあります。自分に置き換えてみると感覚的に作業を進めている証拠でもあります。後から、そういうことだったのかと気がつくこともしばしばあります。

冷静になる時間が必要みたいです。だから、日記のようなものが必要なのかもしれません。書くという行為自体が、時間を置く手段になる。書いている最中に気がつくこともあるし、後で読み返すと全体の輪郭が見えてくることもあります。

そういった意味で写真は意外と機能します。なぜその被写体を選んだのか、なぜその瞬間にシャッターを切ったのか。その場では説明できないことが多い。感覚で進めているというのは、そういうことです。

理由が時々、後から追いついてきます。2、3年経過すると冷静に判断できるようになります。当時、何を考えていたのか、迷っていたのか。撮影した本人が写真を見れば、自分の感覚や思考が写っています。

過去の写真を見るというのは、記録自体を見返すことじゃなくて、距離を置いて自分自身をもう一度振り返る、ということなのかもしれません。同じ出来事でも、今日振り返るのと一ヶ月後に振り返るのとでは、見えてくるものが異なります。

未来は想像でしかないけれど、過去も、実は想像に近い部分があるような気もします。記憶は自分の都合の良いように編集されているし、当時の自分の判断や感覚は、今の自分には完全には思い出せないし、再現もできません。

だとすれば、確実なのは「今」だけということになります。でもその「今」も、後から振り返らないと、何をしていたのか本当にはわからない。ただ重要なのは「今」が本当だということです。

時間をおいて冷静になる、という事は、たぶん今を生きながら、同時に少し先の自分に今を委ねることでもあるのだと思います。見えているものと、見えていないものがあります。見えているものだけで判断せず、見えていないものも大切にしていけたらいいなと考えています。